2015-01-01から1年間の記事一覧
自分の住む世界のすべてを客観的に見通したければ高いところへのぼればいい。町外れの丘、町で一番高い塔。そんなものがなければ、飛行機に乗るなり、翼をつけてジャンプするなりどうにかして。 確かそんなことを鼻侯爵が言っていた。「ジャンプするっていう…
「いっそのことあいつ、焼いて食ってやろうと思うんだ。腹立つから」「何の話」「だからあいつだって、シノブ」 人をバーベキューに誘うなり、冬実は物騒なことを言う。「さすがに丸ごと焼くと気味が悪いし、だいたいみんなにバレちゃうでしょ。まずはバラバ…
先導してくれるのかと思いきや、ふかふかした腕をしきりに上下に動かし、「どうぞ、どうぞ」と梯子の上を指す。 シマナガシのことだ、半分くらい登ったところで梯子がぐらぐらゆれるだの、上から蛇のおもちゃが落ちてくるだの、幼稚なからくりを仕込んでいる…
長い階段だった。 最初は気づかないほどの兆候だった。 それが、一段一段踏みしめるうちに、何かに足を取られる感覚が、いよいよ強くなる。 階段がやわらかな素材に変化したような、地面がゆっくりと揺れているような。 そのうちに、前を歩くシマナガシの後…
様々の蔦の葉で彩られた門をくぐるなり、シマナガシが振り向くと、右手を胸のあたりに当て、両膝を軽く曲げながら言った。 「ようこそ」 溢れんばかりの既視感に包まれる。そのバレエの王子か道化者のようなポーズといい、その台詞といい。 「次の世界へ、で…
「新居は階段を千段上る」 Fからの新しいメールにはそう書いてあった。 引っ越すことになりそうだとは聞いていたが、千段というのは普通じゃない。もっとも、普通のメールなんか、来ないのはわかっているのだけれど。 「見晴らしがとてもいいので送ろう」 …
「流れ島流離譚」の話数が増えてちょっと読みにくくなってきたので目次を作りました。 タイトルをクリックすると新しいウィンドウが開きます。別のタイトルをクリックすると、最初に開いたウィンドウの中身が切り替わります。 流れ島流離譚について 流れ島流…
ここが嫌いなわけじゃない。 ただ、決定的に欠けているものがひとつだけある。それは、命と同じくらい大事なものなんだ。 少年はそう言ってうつむいた。 「花粉症っていうけどさ、私あれ、違うと思うんだ」「花粉が原因じゃないとかそういうこと?」「違う、…
坂の勾配を感じなくなってきていた。 実際に平らな道なのか、感覚が麻痺してきたのかには確信が持てない。 見たことのない木ばかりで構成された森が続く。せり出してくる枝をシマナガシが時々器用に避け、時々片手でぽきりと折りながら足早に先を行く。どう…
鼻侯爵に会った頃、私は毎日、仕事からの帰路を誰かにつけられていた。 その時は、家も間近な、しかし最も暗い道にさしかかっていた。びくびくしながら、ポケットの中の防犯ブザーに手をかけ、早足で道を急いでいたところ、行く手を大きな影が塞いだ。つけて…
猫の顔が近くまで迫ってくる。巨大猫に食べられる最期、というのはまあ悪くもないが、とりあえず今は避けたい展開だ。 考えろ、ここは奇妙奇天烈な世界なりに、何かしらの法則には従っているはずだ。 生えている植物だってふつうだし。 いや、よく見るとふつ…
本当に驚いた時には声など出ないというが、その時の私は、声のかたまりが喉に詰まって息ができないのに近かった。 目の前の木の幹に浮かんだ猫の顔が消えたかと思うと、今度は隣、そのまた隣の木に。そして、『ふしぎの国のアリス』のチェシャ猫のように、笑…
百年という名の書店に行った。 吉祥寺にある古書店であるが、久々の古書店の雰囲気がとても心地よかった。 本がたくさんあるのは嬉しい。本が大好きだ。世の中にこんなにもたくさんの本がまだあるかと思うとぞくぞくしてくる。そんな感覚が、実に久しぶりだ…
とにかく、鼻侯爵を追うことにする。 肩を組んで見下ろす巨人たちのような崖は、さすがによじ登るには厳しそうで、とかげや虫なら楽々と登るだろうなあ、とあまり役にも立たない想像をする。正確には、人間であっても身が軽ければ登れる高さだろうが、私の運…
あたたかく湿り気のある風が頬にかかり、助かった、南の島だ、という安堵で、知らず知らずのうちに緊張で固まっていたらしい体がふっとゆるむ。 何しろ寒がりである。氷に閉ざされた極域の島になど送られたらどうするつもりだったのか、今さら自分の向こう見…
こんにちは。猫丸です。 人知れずひっそりとおかしな話を書きはじめました。昨日かおとといあたりに、どこかの世界で本当にあった物語。それが「流れ島流離譚」です。しばらく続きます。 今これを読んでいる方は、奇跡的に低い確率でこちらへ漂着されたはず…
島流しにしてくれよう、それが言うので望むところだと私も応じた。 早まったかとすぐ後に思ったが、すぐだろうが三日後だろうが後にまわっては手遅れであるし、島というものが好きなのだからどうもあまりひどい目に遭う気がしない。 ふふふふふ、と不気味な…