猫丸邸騒動記

猫よりも 猫らしくとや 猫の道

流れ島流離譚 7

 坂の勾配を感じなくなってきていた。
 実際に平らな道なのか、感覚が麻痺してきたのかには確信が持てない。
 見たことのない木ばかりで構成された森が続く。せり出してくる枝をシマナガシが時々器用に避け、時々片手でぽきりと折りながら足早に先を行く。どうにかついてゆくあいだにも、しばしば大きな葉の端が顔や腕を撫でたり、引っ掻いたりする。それがいかにも野放図で遠慮のない熱帯植物らしい流儀に感じられるのは決して不快なばかりではないが、不慣れな私はその度にちょっとした疎外感で縮こまって自分を小さくする。
「ここからは秘密の場所なんですよ」
 不意にシマナガシが歩みを止め、振り返って言う。
「ここからも何も」
 改めて、この森の中で置いて行かれたらどうなるかという恐怖が足元から上がってくるが、今さら考えないに越したことはない。
 シマナガシがまるで儀式のように深呼吸をするので真似をした。
 胸を開き、息を吸い込みながら空を仰ぐと、目の前に門があった。砂色の太いつるがくねくねと曲がって絡み合い、私の身長の倍ほどの高さのアーチを形づくっている。その上をさらに、何種類かの細い蔓性の植物が這い、濃い緑、ぼやけた黄色、いぶしたようなオレンジ色、などなど、色とりどりの奇妙な葉で門を飾っているのだった。
 
「ようこそ次の世界へ」
 ------出会った時の鼻侯爵の言ったことを思い出していた。
「はじめまして。私は鼻侯爵、私はある種の装置、或いはあなたの世界にとっての何らかのスイッチです」
 
 妙なポーズつきで発せられたその言葉を、思い出すばかりか、口にも出していたようだ。
「何をごちゃごちゃ言ってるんですか」
 油断した隙にシマナガシに背後を取られていた。首にシマナガシのふさふさした腕が巻きついている。そしてどういうわけか頭頂部をもう一方の手でぎゅうぎゅう押されているのだ。
「ちょっと待って、何するんです、やめて下さいよ」
 弾力のある肉球で頭を押されるのは実は悪くない気分だったのだが、爪が刺さったりしては惨事になると気づいて抵抗した。
 シマナガシはあっさりと体を離した。
「何って、スイッチだって言うから、押してみたんですよ。違うんですか」
「違う、違う、回想に浸っていただけだから」
 何から説明したものかと考えていると、
「じゃあ、行きますよ」
 シマナガシはもうけろりとして奇妙な門をくぐっていった。
 さっきまでこんなものはなかったんじゃないだろうか。私も首を捻りながら後へ続いた。 
 

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