猫丸邸騒動記

猫よりも 猫らしくとや 猫の道

流れ島流離譚 5

 猫の顔が近くまで迫ってくる。巨大猫に食べられる最期、というのはまあ悪くもないが、とりあえず今は避けたい展開だ。
 考えろ、ここは奇妙奇天烈な世界なりに、何かしらの法則には従っているはずだ。
 生えている植物だってふつうだし。
 いや、よく見るとふつうじゃないのか?見たことのない木や草ばかりだ。でも、南の島なんかに来たことないのだから植生を知らないのは当たり前か。動物はどうだ。そうか、この変な猫しかいないんだった、今のところ。
 鼻侯爵が現れたときはどうだっただろう。私のことを随分よく知っているみたいだったが。
 
「食べられるの?美味しいの?ねえねえ」
 戦略を練ろうというのに、変な猫が邪魔をする。時間切れだ、仕方がない。
「その前に聞きたいんですが」切り出すと、猫はこちらを向いたまま少し顔を引いて、パチパチと瞬きをした。話が通じそうではないか。「いいでしょうか」
「どうぞ。気が向いたら答えましょう」
 胸をそらして、どういうわけだか得意げな顔になる。
 本当に話が通じるのか怪しい雲行きだが、相手は猫だ。細かいことは気にせず、当たってみるしかない。
「私のことを知っていますか」
「何ですって?」
「つまりその、名前とか、どこから来たかとか、そういうことを」
 猫は沈黙し、透き通った宝石のような目でじっとして見ている。さすがに常識外れの質問だとの自覚はあるが、猫の常識というのもよくわからない。それにしても、何を考えているのやら、答えてくれる気はないのだろうか。
 私も見つめ返す。元来の猫好きなもので、こうした気まずい沈黙も、猫の姿を見ていれば楽にしのげてしまうあたり、我ながら危機感が足りないかもしれない。
「当たり前じゃないですか」沈黙を破ると、猫は片手をばたばた上下に動かしはじめた。「何を言ってるんですか、今さら」
「ああ、やっぱりそうなんですか。でも、私はあなたのこと、知らないんですよ」
「そりゃあそうです、初めて会ったんだから」
 先ほどの興奮はどこへやら、今度は落ち着き払って顎などなでている。
「はあ、そういうものなんですか。まだ事情が飲み込めないもので」
「ふーむ、それならしょうがないね」
 驚くほどあっさりと引き下がるのはどうにも怪しいが、こちらはもう引くに引けない。
「で、あなたは誰なんですか」
 核心をつくのが早かったか。
 が、猫は躊躇する様子もなく答えた。
「私ですか?私は、シマナガシですよ」
「島流し?」
 声を裏返した私に、シマナガシはますます得意げな顔を見せると、両手を腰にあてて胸を張った。ずっと背中に隠していたほうの手が何かを落とし、足元で硬い音がした。
 
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